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中嶋興×上崎千 対談:ヴィデオ万物流転II

20141010konakajima-1 (5).jpg [video reflexive vol.3] 中嶋興 ヴィデオ万物流転
Ko NAKAJIMA Video Vicissitudes Vol.2

ヴィデオの陰陽五行 5th Elements of Video Art

2014年10月17日(金) 19:00- アップリンク・ファクトリー

第二夜はアートアーカイヴの研究者、上崎千氏をお呼びして、長期間にわたり撮影される中嶋作品のアーカイヴ的な側面と、二つの系統「生/死」と「陰陽五行」のテーマを行き来しながら、万物流転的なヴィデオのアプローチへと話題が発展しました。

トークセッション(抜粋) 中嶋興 × 上崎千  進行:瀧健太郎

上崎(以下U): 慶應義塾大学アートセンターの上崎です。中嶋興さんとお会いしたのは2年前程です。N.Y.近代美術館のバーバラ・ロンドンさんに話を聞く機会があって、日本のメディアアート・ジャンルの作家達のアーカイブに、中嶋興、中谷芙二子、手塚一郎、この3人の名前を挙げられたのがきっかけでした。前回(2004年10月10日上映)の中嶋さんの代表作とも言える《My Life》のように更新される作品と、その時点での結晶や結実としてパッケージ化される作品があり、でもそこで終わりではなくということですね。  中嶋さんは「信号」という言葉を使われてますが、「作品」としての着地よりも、別の問題構成の中で活動をされていると感じたので、その辺からお話伺えれば思います。 

中嶋(以下N): 僕が陰陽五行説から学んだ手法で、これは永遠に古くならないんです。そしてこうした作品は美術館に収まりにくいので、一本のパッケージにしなくてはならない。賞金稼ぎや映画祭で受賞しないと(海外美術館なども)招待してくれない。ある意味、商業主義を利用しないと、ポピュリズムの中でいかに自分の指針を創造していくか、という根本の部分は五行学から学んだことが大きいと思います。 

U:1979年にN.Y.近代美術館で開かれた日本のヴィデオアートを扱う展覧会〈VIDEO FROM TOKYO TO FUKUI AND KYOTOヴィデオ 東京から福井と京都〉で《My Life》を出品されていて、今回上映の同作は〈1976〜2014〉ですが、 この時は〈1974〜78〉と年代記が書かれており、その時その時のヴァージョンが違うんですね。 

N:40年ほど経ってますから。その時は長男や娘が生まれたのを記念して作ってたんです。

U:私は一方で中嶋先生の写真作品をお預かりしておりまして。4万点もの資料を。ある時、松田豊さんの作品のリストの下に中嶋興氏による写真、数百点って書いてあり、問い合わせたら何百点も松澤宥さんに関する写真がでてきて…。 

N: 松澤さんは初期のコンセプチュアルアートの作家で、彼に凄く刺激を受け、若かったので写真を撮ることになって。彼は諏訪湖の近所に住んでいて、「展覧会見て下さい」って言うんで、見に行ったら、キャンバスが全部風景のほうを向いて置いてあって、こっちはキャンパスの裏側しか見えないんですよ。聞いたら「僕は風景に見せる絵画を描いてるんです」って。自然が松田さんの絵を見ていて、人間は想像するしかなく、これがモダニズムを超えるアートかな、と凄く面白い人だなと思ったんですよ。その時に撮った写真が沢山あるわけです。

*    *    *
U:女性が撮影の対象でもあり、段々とその関係がひっくり返ってくる、異色な作品ですが《写真とは何か》がありました。

N:あれは「ヴィデオとは何か」を言いたかったんですが、写真学校での撮影なんでヴィデオへの危機意識や不要論があり、最初にヴィデオの強い印象を学生に与えないといけないと思ってやりました。あの学生の中から〈ビデオアース〉に関わる人が出てきて、一緒に活動やって、その参加の中で学ぶことは多かったですね。若い人には、スマフォやデジカメの動画でのアートの活動を一緒にやる人を募って、運動を起こせばもっと面白い映像も撮れるんじゃないか、とお願いしているんですが、残念ながら社会的に厳しいから、勝手に撮ると怒こられちゃうでしょ。 

U: そうですね。ましてや今日観た《写真とは何か》のあの状況は今ではできないかもしれないですね。

shashintowananika-refine.jpg中嶋興《写真とは何か What is photography?》 (1976)

中嶋(以下N):前回上映した《新幹線研究食》、結構当時は平気で(新幹線内で)撮れたんですよ。まだヴィデオを誰も知らなくて、ヴィデオカメラは操作音がしないから気がつかなかった。「新幹線研究しているK大生です」というとOKだった。今言ったらちょっと大変ですよね、大学にすぐ電話かかってきたりして捕まっちゃう。

上崎(以下U):あのときに身分を詐称してたのは?

N:松島ってやつが来てましたから。

瀧(以下T):あれがパッと言えるカメラマンの人は凄いですよね。アーカイブ的な作品だと思ったのはその次の《Mt. Fuji富士山》ですが。斎藤庫山さんという写真家が。

vol2-2-mtfuji2.JPG中嶋興《Mt. Fuji》(1984)

N:そう、40年間富士山を撮り続けた人がひょっこりやってきて、是非この写真で作品を作ってくれっていうことで持ってきたんです。知り合いのプロデューサーが日活に持ってって、それでじゃあ作りましょうかって言って。そのときに評価されないように一切評価されない、見たこともないようなのを作ったんです。当時は誰もコンピューターを使って作るっていうのはないですから。最後に作って見せたら、日活の社長が来て、いいじゃないかってことになっちゃって。世間ってそういうもんなんで。フランスやアメリカのフェスティバルに持ってって見せたりなんかして、3つばかり賞とってるわけですよ。賞金稼ぎだから、ああいうのは賞を一個とると、招待がいっぱいかかってくるでしょ。ロカルノ短篇映画祭で賞をとったんですね。フランスの映画祭で2つくらい賞をとったんですよ。それでちょっと名前が知れるようになったんで。商業主義的なこともやらなきゃいけないから。自分のやりたい人生の、持ち時間の中の永遠性ってものを、もう一つのチャンネルで作っていかなきゃいけない。

U:明らかに中嶋先生の別な側面の制作方法の作品を今回初めて拝見したんですけど、いつもジャンルの外側に漏れ出すようなものでした。《新幹線研究食》もそうだし、《マイライフ》はある種そうだし、何か変なことが起こる訳じゃないですか。それに比べて《Mr. FUJI富士山》は外が全くない、内側へ、永遠といくような、この制作の2系統は全然違うものなんでしょうか?

N:そうですね。(占星術をやっていた)うちの奥さんが陰陽五行をうまく言いやすくできないか、と困ってたんですよ。そしたら偶然奇跡的に《Mt. FUJI 富士山》の仕事がきたんで、富士山は山だから五行の土(大地)なんですよ。「あんた、土だ」って言われて、「あ、俺は土か」と、田園の土なんだって言われたもんですから。なるほどそうだなと思っていた節があります。 20141017konakajima-2 (2).jpg

U:《ランギトート》を経て、1993年の《塩の幻想》の時に最後のシーンはブルドーザーに押されてくるくる回る自然の玉のようなものは、それまで映像効果としてかけられていたCGが、具体的な被写体として出てくるじゃないですか。あれを撮ってらっしゃるときの中島さんの意識をお伺いできればと。

N:塩が丸くなってゆくのに、えらい感動したんですね。フランスには人類の100年分の塩があって、凄い広いんです。全部真っ白ですよ。塩は重要な役目になってて。塩といえば海、だから水なわけですよ。水からできた結晶なわけですよ。そしてものすごい量の昆虫の死骸とか鳥の死骸とか。 真っ白い塩の中に入ってるんですね。それを精製してる。海はなかなか撮るのが予算的に難しく、岩塩をテーマにして、作品を見せて、終わった後にインスタレーションをやると。それをまた版画にしたりと、全部連動して作りました。

vol2-5-espritdesel.JPG中嶋興《塩の幻想 Esprits de Sel》 (1993)

[プログラム]
写真とは何か What is photography? (1976, 抜粋10min) /富士山 Mt. Fuji (1984, 短縮版 7min) /ドルメン Dolmen (1987, 短縮版 6min18sec) /ランギトート Rangitoto (1988, 16min 30sec) /塩の幻想 Esprits de Sel (1993, 13min20sec)/鎮魂
の舞 Requiem Dance (2014,22min)

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