カテゴリ:Video ARTicle,テレピデミク国際展(2003-2004),ブログ,プロジェクト,展覧会レポート

「インディペンデントなアーティストのネットワーク」瀧健太郎[その3]

 [アーティスト達に逢う -3-]

 ベルリンのB-BOOKSでは、ニコラス・ジーペンとタラ・ヘルプストに再会し、彼らの制作活動について詳しく聞くことができた。上映プログラムでも紹介した「MOI Je Suis MOIS de MAI!(私は五月の月に属す)」は、彼らのコラボレーターであるアーティスト、映像作家、ミュージシャン、批評家など約40人を一日ベルリンに呼んで、 60年代や70年代の政治の問題などをテーマにアクションを起こすというプロジェクトである。
彼らの意図はそうした政治的問題などが、現代のメディアを通して、単なるお洒落さやかっこ良さといったスタイルだけに陥ってしまうプロセスを描こうとしたことにあるという。
 彼らの制作方法にはちょっとした特徴がある。彼らが出版も行っているアントニオ・ネグリの「アウトノミア運動」(労働者評議運動)やゴダールがジガ・ヴェルトフ集団を名乗る際に用いた宣言文などに由来していると思われるが、B-BOOKSの奥には事務所兼、編集スタジオがあり、これらのコンピュータには参加アーティスト達が撮影し、転用してきた映像のフッテージが納めてあり、誰もがこれを使うことができるというシステムをとっている。これにより同じフッテージによる他の作品が複数制作され、複数のアーティストが共同で作業を行うことができる。これによりフッテージは反芻され、反省され、また同時に個人作家性というものに対するアンチテーゼ的態度を取る事にも繋がっている。

taki200504-niko.jpg Nicolas Siepen(Germany)


 ニコラス・ジーペンは「B-BOOKSの参加アーティスト達は必ずしも、美術の作家であるとは限りません。執筆活動や出版活動を行う者もいれば、ミュージシャンもいます。また自分たちは美術館やギャラリーの制度に多くを負っていません。もちろん一部に少しは展覧会をやる人もいますが、けっしてメインではありません。何故ならそうした美術館やギャラリーのシステムはソロのアーティストを売り出そうとする構造を持っており、自分たちの興味はそこにはなく、もっと知の集合としての映画、映像にあります。いわゆるアートの文脈、またショートフィルムやフィーチャーフィルムとは距離を置いているといえます。」と話してくれた。

 
taki200504-nose.jpg Nose Chan(Hongkong)

ノーズ・チャンは彼の2001年の作品「Nil」(英語では『無』という意味だが、中国語では偶然にも同じ発音で『了』と書き、『終わり』を意味するという。)について詳しく聞くことができた。この作品は北京、台北、香港の三都市で撮影された映像のモンタージュで、それぞれ中国大陸、台湾、香港という3つに別れた国を示している。

 「僕は都市のもつ形態に非常に興味がありました。1997年に香港が中国に返還される際に人々はよく(3つの中国がくっついた)『一つの中国』について話していました。今はもう地理的に『中国』を定義することはできませんが、僕が試みたのは、これら3都市の風景による関係性を作り上げることでした。いくつかのシーンは観客がどの都市で撮影されたのかわかるのですが、いくつかはどの場所、北京か台北か、香港か区別がつかないのです。」
 
香港展で彼の共同制作者タムシュイと意見を組み交わして制作したインスタレーション作品「発展途上都市」も同様にイギリス租借地時代から返還後の目まぐるしい都市の変容に対してのアンチテーゼである。何かが「終わり」、「無」となった香港という都市が、まだ「発展段階」にあるという都市の時間を捉えた彼の映像への視点は非常に興味深い。

taki200504-hugo.jpg
Hugo Verlinde(France)

 パリではユーゴ・ヴェルランドの個展を見ることができた。「インク1-5」と題された彼の作品は、通常の映画制作とは違って、あらかじめ転用された映画のフィルムをまず溶剤に浸して映像を消し去り、ス抜けの状態のフィルムを作るところから始まる。そのフィルムに中国製のインクで直接絵を描き、それを再撮影し、できあがったフィルムを映写機にかけて更に撮影し、更にオプティカルプリンターなどを使って、次々に素材から生まれる新たなマテリアルを作り、映写機にかけられ再度撮影される工程を繰り返し、最終的にはリズムのある抽象的な映像となる。(会場には繰り返し上映が可能なフィルム映写機が3台置いてあり、すべての工程でうまれた作品が展示されていた。)

 ス抜けのフィルム=O地点からスタートし、絵画→写真→規則のある映画→不規則な映画→規則のある空間映像、という無限の可能性へとイメージが増殖し、また最終的にインスタレーションとして提示された第五段階の映画の画像は第一段階の絵画の一部が折り重なっているという構造を持っている。

 作品の一片が全体を表し、全体が一片を表すというこの構造は、映画という一つの大きな構造図を示すが、我々がどの縮尺でそれを見ているのか、その階層や次元がしばしば瞬間的に失われるのである。当然のごとく、この事実は規則化、画一化されている現在の映画の認識とは当てはまらず、そうした「制度化された映画」という可能性を閉ざす方向への、ヴェルランドの一つの抵抗であると見ることができる。ヴェルランドはこの他もコンピュータ映像と映画との組み合わせなどによる作品も制作したと語っていた。 [つづきへ]