VIDEOART CENTER TOKYO




Video ARTicle >>Kentaro Taki >>Move on Asia 2006 in Seoul

What's VIDEOART?

What is VCT?

History

News

Videoart Channel

Video ARTicle

Video Archive

Products

Video Session

Links





Move on Asia/Crash&Networkシンポジウムから
瀧健太郎
 

[アジアのビデオアーカイヴは可能か?]

  2006年3月17日からソウルのオルタナティヴ・アートスペース LOOP にて、アジアのビデオアートに焦点を当てた展覧会「 Move on Asia 2006 」が開催された。これは2004年にLOOPの呼びかけに応じて、アジアのアートグループやスペースがビデオ作品を持ち寄った巡回展「Move on Asia」に端を発しており、二回目となる今回は展覧会に併せて 「Crash and Network」 というテーマでのパネルディスカッションとシンポジウムがソウルの延世大学にて催された。延世大学の教授がホストとなり、パネリストに LEEDS 大学教授ヴァナリン・グリーン、南イリノイ大学教授ジョツナ・カプール、オーストラリア映像センター(ACMI/南メルボルン)からマイク・スタッブス、アジア・アート・アーカイヴ(AAA)の韓国担当の調査員アイリス・ムーン、オルタナティヴなネットワーク作りをしているアートグループの代表として、インドネシアの「ルアンルパ」のアデ・ダルマワン、そして VCT/ ビデオアートセンター東京からは筆者が招聘された。

  グリーン女史は 70 年代などのフェミニズムの運動と現在に至るまでの実践的なアートの数々の紹介と考察を、カプール女史はドキュメンタリー映画史、インドを主軸にした植民地問題と映像制作の運動について、ACMIのプログラム・マネージャー、スタッブス氏はフィルムセンターからはじまり、現在ではパフォーマンスやメディアアートまで幅広く紹介するACMIの軌跡と趣旨を、AAAのアイリス・ムーンは今回のテーマとも繋がるアジア圏のアートのアーカイヴの構築について、香港を拠点にする彼女の所属するAAAの活動について説明した。ダルマワン氏と筆者はジャカルタ、東京のそれぞれの様々なビデオ作家による試みと、そのネットワーク化、オルタナティヴな状況の報告を行った。

  パネリスト全員でのディスカッションでは、延世大学ユンソク・ソ教授の提案から、ビデオアートのアーカイヴということに焦点を当てて討議された。日本では80年代から現在に至るまで様々な方向からビデオアートのアーカイヴの計画が現れては立ち消えていった。その多くが出資や著作権の問題を解決できず、個々の文化施設や教育機関がそれぞれに小さなアーカイヴを細々と続けているのが現状だ。
 古くはNYで 60 年代初頭からジョナス・メカスらが創設したアンソロジー・フィルム・アーカイヴスにて実験映画が扱われ、またビデオアートではスタイナ/ウッディ・バズルカが70年代初頭から the Kitchen を同じくNYにてはじめており、その後もオランダ/アムステルダムにはモンテビデオ、ドイツ・カールスルーエのメディアアートセンターZKMメディアテークなど、規模もそれぞれに、枚挙に暇が無いほど世界中に多くのビデオアート・アーカイヴが存在する。
  しかしアジアにはビデオアート・アーカイヴの重要性が繰り返し取り上げられているものの、継続的に運営されているものに乏しい。(芸術全般に関しては、ようやくAAAのように調査をはじめる団体が現れてきているが。)現代芸術の全般において芸術作品の収集・といった真の「知覚の集積」といったものに、特にアジア圏が無頓着であることの表れなのかもしれない。

  アジアのビデオアートのアーカイヴは可能なのだろうか?。シンポジウムでは「どのメディアで保存してゆくか?」、「アーティストへの著作権は?」、などの具体的な話も出てきたが、結局は「引き続き論議してゆくことが必要」といったありふれた結論に落ち着いてしまった。資本主義経済の下の自由主義時代においては、営利や消費主体の自由の名の下に、人々は現在性のみに没頭し、歴史といった時間意識にはまったく無関心である。この状況下で歴史化作業・知の集積・文化の蓄積(=アーカイヴ)を行うには、前提として「何を集めるのか?」についての討議が重要であるべきだ。アーカイヴ作業には永続的な運営が必要であるし、そうした文化政策に企業や行政が支援できていない状態で大規模なアーカイヴを夢想するよりは、先に述べる日本に見られる小アーカイヴなどを端末にして、それらを繋げてゆくような「インター・アーカイヴィング」(記録/集積間構築)といったアイデアが必要である。技術的にはインターネットのストリーミング映像に見られるように、ビデオアートという表現形式が他の何よりもデジタル時代の文化蓄積の先駆としての可能性を持っていると言える。

  ところで、ソウルへ向かう機内で手にした機内誌の表紙を、見慣れたTVのカラーバーとテキストが飾っていた。 2006年1月に惜しくも亡くなったナム・ジュン・パイクの特集記事だった。記事では直接触れられていなかったが、その昔彼は海外での活動を韓国国内では非難されていたと聞く。そのパイクが発見したビデオアートという芸術が、ようやく本国でもオルタナティヴな段階で新たな局面を迎えようとしている。今日ビデオは到底「ニューメディア」としてはありえない当たり前の道具となっている。しかしビデオを用いた一つの新しい芸術形式への遅すぎる理解を、その記事から少なからず感じずにいられなかった。


Move on Asia 2006の展示は東京、大阪、名古屋で巡回する予定。

Move on Asia 東京展 at Tokyo Wonder Site Shibuya
オルタナティヴ・アートスペース Loop

AAAアイリス・ムーンのレポート

シンポジウムの会場となった延世大学







パネルトークの様子














LOOP/Move on Asiaオープニングの様子











展示の様子


このページのTOPへ/VideoArticleTOP へ戻る

VIDEOART CENTER Tokyo (c) 2005