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今年の愛知万博と時期を合わせて一つのアートイベントが開催される。主催であり、 キュレ―ションを担当する渡辺真也氏は、芸術と政治、批評を切り離せない関係とし
て捉え、社会の中でどのように動くべきか熟考を重ねる、現代においては稀有なキュ レーターの一人だろうと思う。その渡辺真也氏を向かえ、5月19日東京藝術大学にて
開催されるシンポジウムを前に、このインタビューを実現させた。 我々にとって、とても繊細な問題である「Nation States」をテーマにした当展が、
すこしでも多くの人の理解を呼ぶよう役立ててば幸いである。(河西恭子)
Q1. 『もう一つの万博』の展示を行なうに到った経緯をお話下さい。
最初、この展示は『もう一つの万博』ではなく『アンチ万博』という名前で始めようとしていました。愛知万博だし、まあ、アンチ万博かなぁ、と(笑)万博に関して、日本での開催の話を聞いたのは1998年か2000年頃のことですが、日本でまた万博をやるのか、くだらないな、くらいに私は漠然と思っていました。そして2001年頃には環境問題の話が万博会場から出て来て、跡地の利用がとんでもない事になりそうだということで、少し嫌悪感みたいなものも感じました。
たまたま2003年6月に、当時ベルリン在住だった柴田ジュンさんが『ファイティング・アローン』というパフォーマンスをブルックリンでやる機会があって、私がそのキュレ―ションを、ドキュメンテーションを斎木克裕さんが担当する機会があったのですが、その時に「万博をテーマにした展示を企画してるのだけど、どう?」というような話をしたんです。それが、今回の展示の一番最初のきっかけです。そしてちょうど同時期くらいに、私がこれまでずっと一緒にやってきた勝間陵駕君というアクション・ペインターのアーティストと、ティム・バーンズというエクスペリメンタル・ドラマーの方との企画を練っていて、(この企画が実現したのは2003年の11月頃なのですが)、この勝間陵駕君は、大阪の路上で絵を描いていたアーティストなんですが、彼はNYに来る前に、トヨタの工場で働いていたんですね。その当時、彼はストレスで髪の毛が円形脱毛症になって抜け落ちた、などというブルーカラー達の激しい、本当に酷い話を聞いたのです。そこで、私が世界中を旅して行く過程の中で見たグローバル・キャピタルの爪痕、そういったものを展示に反映していく必要があるじゃないかと、キュレーターの立場として思ったんです。それで陵駕君に一緒にアンチ万博の展示を作らないか、陵駕君がトヨタで働いていた頃のことをテーマにしてアクション・ペインティングのshowをやらないか、と話して、それで面白いということで勝間陵駕の参加も決まり、この展示が動き始めました。
Q2. 今回の展示を通して、日本のアートシーンや、それを受け止める観客、またアートに関する企業や文化行政についてどのように思いますか?
正直に言うと、日本のアートに関する状況は非常に厳しくて、なかなか良い作品が出てこない状況だと思います。根底的な段階から言うと、日本に「近代」というものが無かったということに終始すると思います。日本は近代というものを輸入したにも関わらず、近代というものを創出し得なかったことで、ひどいポストモダン的な状況が出ていると思います。
例えば、私がこの『もう一つの万博』をやろうとすると「政治的過ぎる」という批判が出てくるのですが、こういった政治性や批判精神は芸術においては当たり前のことなんですね。そういったものを通過してこなかった、という日本の暗部というか、抜け落ちてしまった部分を私は痛烈に感じていて、それと同時に批評が無いということを非常に残念に思います。批評の無さというのは、まだ批評だったら良いのですが、日本には批評家はいるけれども、思想家や哲学者はほとんどいなくて、それもやはり近代という問題と強く結びついていると思います。このような状況も手伝って、美術に対する批評がついてこないので、悪循環に陥っている、というのが今の日本の美術の状況ではないでしょうか。
今、『市民のためのミュージアム』という言葉が流行ってますが、これは"市民のための"ではなくて、市民がミュージアムを自分達のものにしていかなければいけないんですよ。これを実践しようと頑張ってきた国はフランスだと思いますが、日本だと岡本太郎が同じようなことを言っていました。しかし、いまではこのようなまっとうなことを言う人が減ってきていて、『市民のためのミュージアム』ということで美術館を作ってはいますが、例えば金沢21世紀近代美術館は頑張っていますけれど、重要なキュレーターの方が辞めてしまったと聞きました。これは伝統工芸と現代美術をクロスオーバーさせるということが、論理的なレベルでちょっと厳しかったということではないかと思うんです。このことを万博に置き換えると、『お祭り広場』という言葉があって、これは大阪万博の時に作られた広場のことなんですが、それ以後万博がある度に『お祭り広場』というのが日本の万博会場の中心に作られるようになったんです。これに対して磯崎新さんが批評しているのは、日本のお祭りと西洋の広場という考えがまったく違うものをアクロバット的に万博という国家事業の中でやってしまうという点ですが、そういう批評性のなさいというものが普通に受け入れられてしまう、それが国家プロジェクトであれ、そういうものに対する違和感というものを感じます。
もう少し万博の話をすると、ローリー・アンダーソンの今回の万博に関するプロジェクトの詩の翻訳の一部を実は私がボランティアにて担当したのですが、ローリーが私に翻訳を頼んだ理由が、万博側の人間よりあなたのほうが信用できるからあなたやりなさい、ということだったんですね。めちゃめちゃだなと思いながらも「わかりました」と応えて進めて行ったのですが、ある時、彼女からの手紙の中に「How
about my HAIKU?」と書いてあったんです。つまり、彼女は英語で散文を書けば日本語に直した時に俳句になると思っていたという訳ですが、こういうすれ違いが国家間プロジェクトの中で起こっている訳です。もちろんこの問題に関しては彼女の日本語理解における限界もあるのですが、こういった状況はいつでも起こり得るんですね。そのようなことを考えて行くうちに、ジェットコースター的ですけど、国民国家的な問題というのがすごく大きな漠然とした問題として提起されて来たんです。
恐らく、単純に意識をもたない人に関しては、私が国民国家みたいな問題をテーマにしても、まったく興味をもたない、というかなかなか理解してもらえないと思います。それでもやはり言わなければならないと。私が国民国家問題のグローバル化を分かりやすく言おうとしたとき、最初に説明文で書いたのは『アメリカ横断ウルトラクイズ』はつまらなくなった、と。それはなぜか、それは「NYに行きたいか!!おー!!」ではなくて、今では誰でもNYに行けるんですよ。格安航空券は5万円しないし、明日にでも行こうと思えば、ちょっとバイトしている学生でも行けるんですよ。仕事をしている人であれば休みを取りさえしたらいけるし、極端な話、仕事を辞めれば行けると。そういった現実レベルで、まず"アメリカ幻想"が日本の中で崩れてきたという話がマスレベルである。そういったところから言論を引っ張っていくしかないのか、と思うと同時に、私は美術という領域で活動していて美術というものが制度から成り立っていると理解しており、私は制度解体的な矛盾も含んでいるのですが、そこの領域に上手く引っ張ってくる必要があるのではないかと思います。しかし、先に述べたミュージアムを自分達のものにするという話のように、若い人達が自分から興味をもって積極的に行動しないからには、我々としてもやりようがないとも同時に思います。
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